読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

なつみ憂のブログ

なつみ憂のブログです(旧・文化ウェブbeta)

『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』 - 抑圧と未成熟の芸術

f:id:thablue19:20150825015158j:plain

ここ2〜3年の間、アメリカ映画界では20世紀の大衆音楽を振り返るような作品が実に多く作られている。

フォー・シーズンズの栄光と挫折の軌跡を描いた『ジャージー・ボーイズ』は、イーストウッドの底知れなさを改めて思い知らされる傑作だった。チャドウィック・ボーズマンの凄い演技が見られた『ジェームス・ブラウン 最高の魂を持つ男』も強く記憶に残っている。そして伝説のヒップホップグループ「N.W.A」の伝記映画として話題の『Straight Outta Compton』は、現在アメリカ国内で驚異的なヒットを記録している。(公開2週目にして興行収入は2680万ドル!)

このような最近の流れの中で、またひとつ注目すべき作品が生まれた。

『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』は、ザ・ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンの半生を描く伝記映画である。ポップス史に残る傑作と言われるロックアルバム、「ペット・サウンズ」の制作後にLSD依存で精神を病んでいく様子と、恋人・メリンダとの出会いによって立ち直って行く様子を交互に描いていく。当然ながら、劇中にはザ・ビーチ・ボーイズの往年のヒット曲が流れまくり、西海岸のからっとしたトーンが実に気持ち良い。 

 

f:id:thablue19:20150608171143j:plain

 

爽やかな空気感を感じつつも、ブライアンが精神に異常をきたしていく様子は、毒々しく率直なリアリティとともに描かれて行く。この若き日の「病んでいくブライアン」を演じているのはポール・ダノだ。「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」での悲惨な神父役や、「ルビー・スパークス」での妄想がちな作家役など、精神世界にとらわれる役が実に合うのがダノ。彼がこんなにもブライアン・ウィルソン本人にそっくりだというのは、何かの巡り合わせとしか考えられない。

映画の演出をストレートに解釈すると、ブライアンが正気を失った(あるいは初めから失っていた)最大の理由は、彼自身の父親である。ブライアンを始め、子どもたちに熱心な音楽教育を施す一方で、激しい暴力をふるっていた父・マレー。ブライアンは、意識の上では父親に反発しながらも、保護者としての父親を強く求めるという、矛盾した心理状態に陥ったまま大人に、ミュージシャンになっているのである。

実際にLSDによってくたばっていたブライアンは、父の訃報を聞いた事によってより窮地に追い詰められていく。父親の代替物として彼が選んだのが、悪徳精神科医であるユージンだ。映画では、ユージンと出会った後の、80年代のブライアンをジョン・キューザックが演じている。

ユージンは決して自分を助けてくれることは無い。自分では気づいていながらも、その現実から目を背けているのは、自分を抑圧するユージンをブライアン自身が強く求めているからでもある。ビーチボーイズ・ファンからの批判を覚悟で言えば、このようなブライアンの姿は『新世紀エヴァンゲリオン』の碇シンジとよく似ている。シンジは、父・ゲンドウに反感を抱きながらも、彼に承認されたいがために命を失いかねない戦いに挑む。主体性を欠いたまま、卑近な保護者からの承認だけを求めて生きているという意味では、シンジとブライアンは非常に近い。ただし、そのような未成熟性を芸術に昇華したという点が、ブライアンを20世紀最大のポップミュージシャンたらしめる所以となった事もまた事実だろう。

 

f:id:thablue19:20150825015223j:plain

 

監督のビル・ポーラッドは本作が監督一作目である。ただ、これまで『ブロークバック・マウンテン』や『それでも夜は明ける』、『イントゥ・ザ・ワイルド』など多くの"繊細な"文芸映画に携わって来たというバックグラウンドが、本作の演出でもよく垣間見える。例えば、ブライアンの心理が映画的な描写によって巧みに表現されていく所はじつに面白い。たとえば、ブライアンの自宅にあるプールが、ブライアン自身の精神状態や、他のメンバー=兄弟との距離感を表す小道具として上手く利用されている。また、レコーディングスタジオの「内側」と「外側」を対比させ、中盤の展開で利用していく描写は実に見事だ。終盤の『2001年宇宙の旅』オマージュは少々やりすぎな感じも否めないものの、話のスケール感を広げるという意図を十分に感じさせてくれる演出だった。

 f:id:thablue19:20150825015234j:plain

 

さて、「父」の呪縛からどうしても逃れられないブライアンを救うのは誰か。

最初にメリンダがスクリーンに登場したときは、「いくら何でもこんな綺麗な車のディーラーがいるか!」と思った訳だが、そこには深い事情があり、かつその事実も非常に上手い方法で観客に明かされる。また、始めは彼女がブライアンに惹かれる理由が分からないのだが、メリンダ自身の過去が分かるに連れて、彼らが愛し合う確かな必然性が自然と生まれてくる。こうした厚みのある筋立てはそれだけで作品への印象を高めるものだ。

過去と現在を交互に見せる恋愛映画としては『ブルーバレンタイン』を想起させもするが、本作は『ブルーバレンタイン』のような「恋愛映画の皮を被った地獄絵図」では決して無い。ビーチ・ボーイズの名トラックに乗せて迎える、爽やかかつロマンティックな結末は、観賞後の恋人同士の距離を確実に縮めてくれる事だろう。

 

(画像参照元:best in the world